鳳明館を「推す」ということ。建物と街の記憶を、どう残していくか――鳳明館フォトコンテスト授賞式でファシリテーターを務めました

7月11日、東京・本郷にある純日本旅館「鳳明館 森川別館」で開催された「鳳明館フォトコンテスト」の授賞式に出席し、後半のトークセッション「鳳明館のこれから」でファシリテーターを務めました。
私は半年ほど前から、株式会社narrativeが進めている鳳明館再生プロジェクトに、広報アドバイザーとして関わっています。以前にもメディアの方をお連れして、館内を案内していただいたことがありました。
学生時代にも泊まっていた旅館
実は、鳳明館との接点は仕事が最初ではありません。
学生時代、東大の学生チームと進めていたプロジェクトの合宿で、一度泊まったことがあります。古い旅館に集まって、夜まで議論していたことをうっすらと覚えています。
まさか十数年後、広報の仕事としてこの場所に関わることになるとは思っていませんでした。
前夜から集まっていたコアファン
今回のフォトコンテストで受賞された皆さんの多くは、前日の夜から鳳明館に集まり、1泊してから授賞式に参加していたそうです。いわば、鳳明館のコアファンによる合宿ですな。

すでに参加者同士の交流も進んでいて、前半の授賞式は、一般的な表彰イベントというより、鳳明館にまつわる思い出や写真を共有する穏やかな時間になっていました。
残せなかった建物への悔しさ
後半のトークセッションには、一般社団法人本郷建築デザイン研究所代表理事の細見直史さんと、株式会社narrative代表取締役の大久保泰佑さんが登壇しました。

細見さんは、地元・本郷に本社を構える松下産業で設計の仕事に携わる一方、鳳明館に限らず本郷周辺に残るさまざまな建築物の記録や保全に取り組んできた方です。
トークのなかで印象に残ったのは、これまで調査や記録を行なってきた建物のなかに、保存まで至らなかったものもあった、という話でした。そうしたときの悔しさが、今回の鳳明館の活動につながっているのかもしれない。鳳明館再生プロジェクトの背景を理解するうえで、重要なポイントだったと思います。

鳳明館は、すでに旅館としての営業を終了しています。現在は、建物を残しながら新しい活用方法を実現するための検討が進められていて、ファイナンスや建築計画も大詰めに入っているところ。ただ、まだ確定していない要素も多く、現時点で詳しく紹介できる段階ではありません。

今回のトークでは、細見さんの建築・設計の視点と、大久保さんの事業づくりやまちづくりの視点を行き来しながら、鳳明館との出会い、これまでの経緯、今後の可能性について話を伺いました。

単に建物を保存するのではなく、どう使い続けるのか。
文化的意義と経済合理性を、どのように両立させるのか。
東京のように地価も高く、関係者も多い場所で、地域との合意形成をどう進めるのか。
鳳明館の再生は、建築だけでも、観光だけでも、事業だけでも成立しないプロジェクトです。
鳳明館を「推し」にする
トークのなかで、大久保さんが参加者の皆さんに、「鳳明館を、皆さんの推しとして応援してほしい」と話していたのが印象に残っています。
文化財や歴史的建築物の保存と聞くと、専門家や行政が取り組むものという印象を持ちやすいかもしれません。が、「推し活」と捉えると、参加のハードルはぐっと下がる。
イベントに参加する。
写真を投稿する。
誰かに鳳明館の話をする。
新しい企画が始まったときに、足を運ぶ。
建築や歴史の専門家でなくても、できることはいろいろあるよなぁ、と思いながら聞いていました。

質疑応答でも、建築関係者だけでなく、地元の街並みを残したいという方や、地域を応援するメディアの方から質問や意見が出て、インタラクティブなやり取りが続きました。
鳳明館への関心の入口は、それぞれ異なります。
建物そのものが好きな人。
本郷という地域に関心がある人。
歴史や文化に興味がある人。
地域資源を生かした事業づくりに関心がある人。
立場の異なる人たちが、一つの建物のこれからを考えるために集まっている。こうした人たちの関与が重なることで、鳳明館を支えるコミュニティが形づくられていくのだと思います。
建物だけでなく、街の記憶を残す
私自身、建物や街の風景の保全には、以前から思い入れがあります。
先祖は吉原で妓楼を経営しており、父はその歴史を長く調べてきました。
江戸から現代にかけて、街がどう変化したのか。建物や商売、人の暮らしが、時代によってどう姿を変えていったのか。
また、別の先祖は、明治時代に建築家としてまちづくりに関わっていました。
そうした背景もあり、古い建物を見る時には、建築そのものだけでなく、その場所に積み重なってきた歴史や人の営みにも関心が向きます。

誰がそこで暮らし、働いていたのか。
どのような人が集まり、どのような役割を街のなかで担っていたのか。
建物は、単体で存在しているわけではありません。
周囲の街並み、人の移動、商売、文化、記憶と結びついています。建物を残すことは、その一部を次の世代に引き継ぐことでもあります。
もちろん、すべての建物をそのまま残すことはできません。
街は変化しますし、使われない建物を維持し続けることも現実的ではありません。
だからこそ、何を残し、何を変えるのか。その判断に、建築や事業の専門家だけでなく、地域の人や利用者、応援する人たちがどう関わるかが重要になります。
イベント後に生まれたつながり
イベント終了後にも、いくつか面白い出会いがありました。
地元のまちづくり会社の方と話していると、知人のクラフトビール関係者と地域活性化の文脈でたまに活動していることが分かったり。今回のプロジェクトと大久保さんをつないでくれた栗生さんから声をかけていただき、10年ほど前に別の会でお会いしていたことが判明したり。
建物や街の保全に関わっていると、別の場所で活動していた人同士が、思わぬ形で再びつながることがあります。今回のイベントも、鳳明館の今後について話すだけでなく、関係する人たちが出会い直す場になっていました。

鳳明館のこれからについては、まだお伝えできないことも多くあります。ただ、会場には、すでに鳳明館を応援している人、これから関わろうとしている人、別の地域で似た課題に取り組んでいる人が集まっていました。
私も広報アドバイザーとして、このプロジェクトの背景や取り組みを、きちんと理解してもらうための情報発信や仕掛けを考えていきます。そして、できれば皆さんにも、鳳明館を少し気にかけてもらいたい。次に何か動きがあったときに、「あの鳳明館、どうなったかな」と思い出してもらう。まずは、そのくらいの推し活から取り組んでみようと思います。
広報・PRのご相談はkipplesへ
スタートアップ・成長企業の広報支援、PRコンサルティングを行っています。サービス詳細・お問い合わせはこちら →

日比谷尚武(ひびや なおたけ)
合同会社kipples 代表 / PRコンサルタント
慶應SFC卒。Sansan株式会社などを経て2016年kipples設立。スタートアップから上場企業・行政機関まで、広報・P R戦略の立案から実行支援まで幅広く手がける。







