コミュニケーションスクランブル第7回を開催しました

先日、コミュニケーションに関わるプロフェッショナルが集まる交流会「コミュニケーションスクランブル」を開催しました。
新年1回目ということで、「2025年を振り返り、2026を見立てる」というテーマでやりまして。その振り返りを、備忘録も兼ねて書き残しておこうと思います。
2025年の激動を咀嚼して、2026年の「文脈」を捕まえる夜
会場は スペースマーケット さんにお借りしました。ありがとうございます。
運営チームも回を重ねるごとに阿吽の呼吸というか、自然と準備が進み、場が出来上がっていく。こういう「自律的な場」が出来上がっていく過程を見るのは、コミュニティに携わる人間として嬉しい瞬間でもあります。
2026年、私たちはどこに立っているのか
今回のテーマは「2025年の広報トピックを振り返り、26年の展望を見立てる」。
個人的には、単なるニュースの振り返り会にとどまらず、日々、現場で世の中の変化に向き合っている広報パーソンが「肌感覚として何を重要だと感じているか」をすり合わせる、いわば感覚のチューニングの時間です。
自分も議論の輪に入り、また打ち上げの場でもいろいろな話題が挙がりましたが、皆さんが捉えている違和感や注目のトピックは、概ね自分の感覚と近しいものでした。「ああ、この見立てで間違っていないんだな」と。これこそが、リアルな場で言葉を交わす醍醐味ですよね。
前提としての「2025年の文脈」
議論の呼び水として、運営側で用意した「2025年のトピック(前提)」はこんな感じでした。

- AIの進化と「情報の洪水」:コストゼロで発信できるがゆえの、編集とリスク管理の重要性。
- クマの出没:単なる獣害ではなく、「制御不能な不安」と「拡散」の象徴として。
- メディアランドスケープの断絶:新聞・雑誌の縮小と、動画・SNSへの完全移行による世代間ギャップ。
- フジテレビ問題とガバナンス:企業風土への視線が厳しくなり、説明責任が再定義された。
- 大阪万博の「巻き返し」:批判からの逆転劇。継続的コミュニケーションの勝利。
- 政治とダイレクトコミュニケーション:高市政権の誕生やトランプ政権の復活に見る、強いリーダーと直接的な言葉。
- 推し活とエンタメ:内需を支える「意味消費」。
(一部抜粋)
こうやって並べてみると、2025年は「既存の枠組みが音を立てて崩れ、新しいルールが立ち上がった年」だったと言えるかもしれません。
現場のプロたちは何を感じているか?
で、ここからが本番。参加者の皆さんとのディスカッションで出てきた「現場のリアルな声」が非常に興味深かったので、いくつかシェアします。
① AIコンテンツの「飽和」と「価値」
「リリースをAIで大量に作るようになったけど、コンテンツが増えすぎて埋もれてしまう」
「結局、読み手にとって価値があるのか?という原点に戻っている」
これ、本当によく聞く話ですな。今やツールとして生成AIは不可欠ですが、「誰に、何を、なぜ届けるのか(Why)」という設計図がないまま量産しても、ただのノイズにしかなりません。
また、「量産されるAIコンテンツは、早々に飽きられている」という事例も語られ、「演出のない生々さ」「手触り感」が大事なのでは?という会話も。

② 「炎上」への作法の変化
「昔は『スルー推奨』だったけど、最近はちゃんと言い返す、態度表明することが評価される」
「叩こうと思えば誰でも叩ける時代だからこそ、毅然としたスタンスが必要」
スルーしたりただ謝るのではなく、自分たちの正義や文脈をしっかり言葉にする。その姿勢が、ファンとの信頼関係を深めることにつながるのではないか?と。
先日参加した、PRSJのカンファレンスでも「ソーシャルコミットメント」の重要性が語られてましたが、捉え方や評価が分かれるような事象に直面した時に、きちんと価値観やスタンスを示すことが、求められてくるのかもしれない。これが分断のトリガーとならず、「表明した上で許容し合う」文化につながることを期待したい。
③ 動画文脈と、GoDirect
「ビジネスパーソンが長尺動画を見るようになった」
「テキストより『動画』の方が信頼される局面が増えている」
「作り込まれた映像より、現場の『生』の映像や、素人が撮ったTikTokの方がバズるし、届く」
これまで「広報=メディアに記事を書いてもらうこと」が正解とされがちでしたが、今はGo Direct(当事者が直接語る)の時代。しかも、綺麗に編集されたものではなく、「生っぽさ」「体温」が乗っているコンテンツこそが、人の心を動かす、という意見が多く挙がりました。
メディア/記者に限らず、「発信者」は、その編集力やスタンスを厳しく見極められる。下手に下心を混ぜようとすると、すぐにバレちゃう。そんな中で長尺動画が評価されるのだとしたら、フェイクしにくい、ボロが出やすいということもありそう。
「長尺動画(ソースに近い状態)で信ぴょう性を担保→AIで要約させる」のが当たり前になるとしたら、メディアの価値は編集力よりは「いかにソースを集めるか」になってくるのかもしれん。
また、議論の中で挙がったんですが、「現場の映像を撮れる/出せる会社は強い」という意見は、まさにその通りだと思いました。
メディアに頼らない「直接接続」へ
で、今回の議論を通じて改めて感じたのは、「翻訳」の重要性です。
AIで生成された無機質なテキストでもなく、メディアによって「編集」された情報でもなく、当事者の言葉(Go Direct)を、受け手が理解できる文脈(Context)に翻訳して届けること。
動画/音声はそのための強力な「接続装置」になりつつあります。
綺麗なプレスリリースを書くことにリソースを割きすぎる必要はなくなってきた。
もしかしたら、社長のスマホで撮った1分の「語り」の動画の方が、ステークホルダーの心を揺さぶるかもしれない。
そんなことを思いながら、支援先へのアドバイス内容を変えていく必要がありそうだな、と思った夜でした。
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